excitemusic

あごひげ館長の飛び蹴り!       コメント自由に書き込めますよ!     右下 Commentsから どうぞ!
by kancho39
ICELANDia
カテゴリ
全体
◆JEK&総本部
◆子育てしよう!
◆武道と空手
◆氣と空手
◆極めの空手
◆あごひげ吼える!
◆元氣が出る言葉!
◆日程&報告
JEK&
みんなの笑劇場(日記)
極めの
武道と
子育て
氣と
OB・母・ママ空
寺子屋・護身術
みんなの笑劇場(日記)
審査・審判・大会
武道と
総本部修空館道場
氣と
掲示板書き込み
各種大会の報告
今後の日程
未分類
以前の記事
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2006年 05月 ( 21 )   > この月の画像一覧

●吼える● 他山の石

■水野只邦   2006/05/29

▲駐車場編
今時タイヤがハの字のグロリア、フルスモークの型落ちのベンツにクラウン、でっかくて変なエアロパーツのついたミニバン(当然リアウインドは潰して変な絵が描いてある)、やくざの代紋だか流派のロゴだか分からないステッカーを貼ったワゴン(つやのないホワイトやイエロー、ブルー) 。。これらが障害者専用駐車場や駐車禁止のエントランス前なんかに停まっていました。
こんな車を所有している父兄とは出来れば一生お付き合いしたくないものです。
それで障害者専用駐車場に駐車したエスティマからでっぷりと腹の出たジャージ姿のパンチパーマのオヤジと、いい歳してミニスカートをはいた化粧の濃いガリガリのオバサン、金髪でえりあしを長く伸ばして眉を細くした小学6年生くらいのガキが降りてきたので、そこは障害者専用だと注意致しますと「アァ~、ナンダテメェ、障害者がカラテするわけがねぇーだろうが!」
と凄んで行ってしまわれました。会場の係りの人に車を移動するよう館内放送をしてもらいましたが、その車は大会終了までそのままでした。

▲会場編
会場も会場で物凄い。『喧嘩上等』ってマジックで書いたメガホンを持ったお母さんが「殺せー!!」って叫びまくってたり、坊主頭にサングラス、派手なスーツに金のネックレス姿でもろヤクザみたいな人が試合コートの前で大声で携帯かけてます。。
ダメダコリャ と思わず唸りました。


■あごひげ   2006/05/29
※「他山之石、可以攻玉。」『他山の石』 自分の石を研(みが)くのに役に立つ他の山の石という意味。類似語に、反面教師。他人の悪い例を見て自分を正すという戒めの言葉。
a0068770_1581884.gif
水野さん、ありがとうございます。まさに『人の振り見て我が振り直せ』であり、『対岸の火事』ではありませんね。空手から道を取り、単なる武技にしていけばそうなって当然です。以前の団体でもチンピラ風の若い指導者は『楽しければいいじゃないか・・』と公然と言っていました。その者のたのしさとは、あるときストレス発散であったり、あるときは子分を作る道具であったりするのでしょうね。それだったら楽しいばかりでしょうよきっと。でもね、今の世のこの乱れを少しでも良くなるようにどのスポーツ、武道でも、子供たちに関わって居るなら身を律し考えてもらいたいんですわナー、自分の態度行動がどれほど純な青少年の成長に良くも悪くも大きな影響を与えているかということを。。
 今から7~8年前、『目の上のたんこぶ』であろう修空館道場の子供たちに向けて他団体の親たちからブーイングが起きました。『修空館をぶっつぶせー』見たいな。その帰りに親たち数人に詰め寄られ、何の目的があってこういう大会に子供たちを出さなければならないのかと涙ながらに怒られました。以後その大会への参加は取りやめにしました。
a0068770_15222013.jpg 子供たちがライバル心を持って切磋琢磨するのはとてもいいことだし、指導者もあそこには負けるなとハッパを掛けることは必要なことではありますが、前述のような親たち、指導者のレベルに成り下がったときには、子供たちを取り巻く環境としては最悪と捉えて行きたいと考えます。大人のゴチャゴチャの延長で、あるときは大会審判や審査会審査員の言動に劣悪な影響が出ていたりしています。そういうのは、暴力に成りうる空手の世界ではあっては絶対にならないのです。
空手でもいろいろあります。暴力的な感覚の空手になればなるほどある一面ではそういう誤った氣概?を前面に押し出してくる親たちもいます。宮城県の中では全流派会派のスポ少大会にそういう類いの親たちがコートそばに降りてきてなんやかんや言っているのが多いですね。私は注意します、はっきりと。私は氣を出して言いますからみんな言うことを聞きますが、水野さんのような優しそう(紳士的?)な??(どこのどなたか分かりません、失礼)方にはきっと舐めてかかる言動に出るんでしょうね。コワい風貌にはしていても実は精神の弱い奴らのすることです。
道場に次々に見学に来る親たちでもいろんな親がいます。先日も両ポケットに手を突っ込んで玄関口でガムを噛みながらいつまでも眺めていた親子がおりました。私は近づいて一言、『氣が散るんですが!』と強めに言いました。すぐ帰っていきました。言わないと氣付かないというか自分では何もできない親が多くなっています。ファッションだか何か知らないが平氣で帽子をかぶったまま道場内に入ってくる親もいます。。。
 私の道場では、、、正座タイムは、『時間よ止まれ!』のようにして、しゃべることだけでなく動くこともピタリッとストップしてください、正座の時間は神聖な時間です!・・と伝えています。私は子供たちにだけでなく、いくら言っても分からないときは、たとえ外の親たちに向けても、窓を開けて『親うるさい!今なんの時間だとおもってんだー!!』と一喝します。そういう雷を親たちにも時折降ろすことで道場内は引き締まり、子供たちに礼儀作法などを指導するにはとても良い稽古環境になっています。親を叱り付けるのも私には必要な仕事です。
私たちの空手道では、この道に掛けて子供たちを育成していきたいと願っています。親たちの理解、協力も今はとてもいい状態です。

またお願いします。ありがとうございました。。
[PR]
by kancho39 | 2006-05-29 15:09 | ◆あごひげ吼える!

大阪の武田先生!ぼた餅です!

■大阪の武田   2006/06/04
※写真は大阪府交野市青山支部
交野青山支部ホームページ
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ek-aoyama/ 
a0068770_17104354.jpg
 本当に美味しそうな、いやー美味しかったと思います。羨ましく思いました。写真がうまく撮れているものですからーよけいにー、思わずよだれが出そうです。大阪のぼたもちはもう一寸小さいですが、この写真を見て私は田舎(愛媛の島)を思い出しました。私が高校生の頃、学校から帰ると、おばあちゃんがよく作ってくれました、10個ぐらい平気で食べておりました、おばあちゃんはその食べっぷりを見て、「お前の胃袋はどないになっとんのぞいー」と驚いていたのを思い出します。久しぶりに田舎を思い出させてくれる「ぼたもち」でした。
 赤ちゃんをおんぶしての空手、私の支部でも反響がありました、無理をせず、続けていただくことを節に希望します。青山支部のママ空は結局2名だけが頑張ってくれました、来週の昇級審査で二人とも3級を目指します。若いお母さんが増えておりますので、再度「ママ空募集」をかけたいと思っております。

■大阪の武田先生!ぼた餅どうでしょう!
大阪、交野青山支部ホームページ掲示板http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ek-aoyama/ に『赤ちゃんおんぶして空手』の武田先生の感想が書かれています。。。

▲棚からぼた餅・・・
ぼたもちを入力すると牡丹餅と書くようだが、牡丹のように大きいからだでしょうかねー??
a0068770_23553586.jpg

a0068770_23555544.jpg

 今日の午前は女川(海のある町)での太極拳でした。今年で12年目の教室、会員は40人ほどです。帰りにその『12年生』の人に、家に寄ってほしいと言われて自宅に立ち寄りました。そしたらそこに12年生が5人、おもてなしの料理をテーブルいっぱいに広げて待っていてくれたのでした。いつも私が太極拳の中で、、腹が減ったとか、餅を食べたいとか・・、そういう話をしているからでしょう、きっと。。
 見てください、武田先生!大阪にはこのような・・ぼた餅はあるでしょうか。このぼた餅、もちろん餅米で作っていて、一個がすごく大きいのですがあまりにも美味しいので私、七つ!も食べてしまいました。ぼた餅だけでなく写真にあるように海のものがたくさん並べられてまして・・たらふく食べて眠くなったのでそのまま ずうずうしくもみんながお喋りする横で30分ほど寝てしまいました(太極拳の受講者はほとんどが女性ですが、みんなこういう付き合いをしています)。久しぶりに他人の家で・・シアワセを感じた日でした。
a0068770_084658.jpg 夜は、(22年になる)東松島市の太極拳講座、50人以上が参加する、市でもビックリする大人氣の講座です。太極拳は現在9箇所で教室を持っていまして、夜は空手が中心なので金曜日だけにしています。なので他はぜんぶ日中の太極拳、、、つまり私の職業はいったい何だろう・・って。空手つながりでいろんな職種についている私です。
 武田先生、いつもホームページ、ブログを見ていただきありがとうございます。協会から離れても変わらずにお声を掛けていただき心から感謝いたしております。ありがとうございます。
[PR]
by kancho39 | 2006-05-27 00:16 | みんなの笑劇場(日記)

がんばらなきゃ!!! 

■あごひげ  2006/05/24
a0068770_8215385.gif
新しい子が入門してくる時期です。
昨日は東松島市教室に一日になんと5人の入門者がありました。
もう最初からやる氣まんまん、そして親も、『礼儀作法を』『厳しく指導』・・と道場に期待を込めての入門です。最近の傾向としては、『どうするー??』って親のほうが不安視する子供に追い討ちを掛けるように言う親が多かったので昨日の一日はすごくうれしい日となりました。道場の指導方針、子供たちをこうやって引っ張っていきたい、という部分も熱心に聴いてくれましたね。傍らでは22歳の高橋先生が声を張り上げて大所帯・・スタート16人→今はちょうど30人・・になった道場全体をぐいぐい引っ張ってくれていました。

発表会シーズンの始まりです。5/30、6/2、6/3・・・と各道場の発表会が続きます。私のほうの学校渡しチラシ、ポスターの製作も急務となっています。今日は河北カルチャー太極拳が終わったら時間を取って居るので今日こそ頑張って作るからね、今野さん、ちょいと待ってください。

では。。・・・・・・・・・・あーっそうだ!今日は(明日も)○○候補の立会い演説会の弁士、、、県会議員に負けないで氣合い入れてがんばるよ!!!
[PR]
by kancho39 | 2006-05-24 08:22

石巻市やりなおし選挙突入!

■あごひげ館長
a0068770_955112.gif
市職員の単純ミスにより やりなおし選挙となった石巻市議会選挙は、昨日告示があり、前回に比べて少数激戦の様相です。当NPO法人の相談役をしている3人にプラスして雄勝会長のお父さん(前回僅差落選)も初当選をめざして立候補しています。

 昨日は、N候補より依頼を受けて出陣式の氣合い入れに行ってきました。名だたる来賓挨拶のあとに乾杯の音頭を前回に続けてやりました。N議員の選挙手法は、地道に選挙カーと自分の足でくまなく選挙区域内を歩いて顔と名前を売りつつ、その温厚な中に秘めた闘志を感じ取ってもらうべく辻説法も・・という感じです。

 今週の水曜と木曜のA候補の立会い演説会に応援弁士として依頼を受けています。口下手で体で勝負しているものですから・・と何度か申し上げたのですが昨年も大好評だったということでなんども稽古場所にまでお出でをいただき依頼されました。がんばるしかないですね。A候補は何ごとにも積極的で有言実行の行動派です。

 M候補は私の地元候補者です。昨日の夕方に一軒一軒をのぞきこむようにして歩いて回ってきました。ワゴン車二台にぎっちり人が乗りとても雰囲氣は良かったです。今年高校卒業のE君のお母さんがウグイス嬢をしていました。M候補は私よりも年下ですが昔から地道に何でもコツコツ物事をこなしていく頼りになる候補者です。

 雄勝のA候補は道場にも稽古の見学に見えるなど教育面にとても熱心な方で、お人柄の間違いない方です。雄勝会長夫妻に日頃より大変お世話になっています。前回の雪辱をぜひとも果たしてくれますよう祈っています。

 候補者それぞれですが、この一週間、健康に留意されてのガンバリを期待いたしております。
[PR]
by kancho39 | 2006-05-22 09:05

●武道と1● むさし先輩より=術と道

※あごひげ宛てに、メールでいただきました。

感激、そしてガッテン!の文です。
日頃より、道とは何か、子供たちにこの道を通して何が伝えられるか、との思いで空手道の指導に携わっており、一つの答えがここにありました。先輩、ありがとうございました。。


■■■むさし先輩より

 明治神宮のホームページに稲葉稔という弓道の先生のとっても良い文章が見つかりましたので、送付致します。私がサラリーマン時代、学生時代の空手術(技)よりも空手道(道)が役立ち、営業における術の部分も磨かれ、戦い抜けたものと持っております。現在は会社にいたとき高給をもらい、地位で物が言えた時代と異なり、地位もお金も少ない人生の最後の部分で、空手道を中心に定年後の人生に於ける術を勉強しております。
 人格完成というのは難しいことですが良い言葉と思っております。子供達には道場訓の意味は判らないでも大人になって思い出せるよう空手五訓だけは覚えておいてもらいたいものです。別添文章に術と道の違いが見事に表現してあります。子供達は理解できませんが、父兄にこんな話をすべきだと思います。
[PR]
by kancho39 | 2006-05-21 16:55 | ◆武道と空手

●武道と2● はじめに

■術と道-1  はじめに
稲葉稔(弓道の先生)

武道で心身を鍛錬するといっても、武道とは何かが明らかでなければ、何をどのように鍛錬していくのかがわからないことになる。
 そもそも柔道、剣道、弓道、合気道等がそのまま武道と称されるのはなぜか。道とは何か、術とは何か--。そこに良き指針、指導が必要になってくるわけだが、各人自らが実技の錬磨を通じて、武道とは何かを把握しなければ修行に身が入らない。
 そこでここには、武道に志し、または興味を抱く読者諸君が、武道とはどのようなものかを考え、自分なりの武道観をもち、修行していくための指針となる材料を提供したい。まず、はじめにたたき台のつもりで私なりの武道の観念づけをしておきたい。
 私は、現在の武道を次のように理解している。
武道とは、人生の戦いの中で、己の道を探し出し、その道を実践して行く生き方をいう。
実践の中では、方法手段(戦闘術)の習熟と目的(高い志)達成の鍛錬が必要となってくるのは当然である。
そこで武術、武士道の言葉を入れて次のように言うこともできる。
武道とは、生死を決する緊張感をもって自らの武士道を探求し、武術を練磨して、実践して行く生き方をいう。
従って、武道の修行とは、<武術・術技>と<武士道・精神>の両者の修練・修養をさす。
では、術と道の関係はいかなるものであるか。
[PR]
by kancho39 | 2006-05-21 16:52 | ◆武道と空手

●武道と3● 術と道

■術と道-2  術と道
稲葉稔(弓道の先生)

 武士道(精神)を探求、実践するなかで武術(方法手段)が必要となってくるから、道を求める中から術へ入っていくのも一つのあり方といえる。
だが一般に武道場に入門してくる人々を見れば、武術の修練のなかから精神性を求めていく、つまり術から道へ入っていき、そこから術と道の関連を知って、両者相俟って向上していくというのが実際の進行というものであろう。
武道で、己の道を求めるとは、本性とか本心を知るということで、自らの精神的価値の探求をいい、日本の伝統的文化からいえば、武士道のなかに最もよくそれを見ることができる。
時代をさかのぼれば、もののふの道、つはものの道、弓矢の道など、いわば民族国家の非常事態に発揮された日本精神(大和魂)の具現者としての武人の生き方の歴史が指標となってくる。
だから日本の武人の精神と事跡を学び修めることが、日本人としての自らの本心、本性という深層心理を探求する時に最も重い意味をもつことになる。
そしてその道を実践するに際しては、事によっては戦い死することも辞さないと覚悟するのが武道の精神気概であろう。この生死を超越する気概をいかに養うか。
 ここに武術鍛錬の特色がある。しかし武術のみが、その気概を養うというのではない。運動スポーツであっても、そのほかのものごとであっても、その人間の精神探求によってそうした気概を鍛錬することが出来ることは言うまでもない。
[PR]
by kancho39 | 2006-05-21 16:51 | ◆武道と空手

●武道と5● 武道の探求

■術と道-4  武道の探求
稲葉稔(弓道の先生)

 現代の武道は、今日役立つ武術を必要とする。それには、既成の武術の修練から現代に生かせる戦いの技と理法を学び習得して、それを応用し将来へ備えていくわけだが、その為には時と状況の認識も不可欠のもので、現代の科学技術の知識の習得も欠かせないものになってくる。
方法手段(技術)の取捨選択は、いずれにせよ自らの人生の目的を何におくかによって、つまり精神の求め方によって変わってくる。
ましてや精神の実践となれば、総合的なもので、多様な選択修正をすることになり、結果的に一筋の道が出来てくるというものになってくる。
以上のことを踏まえて、現代に武道を探求するならば、次の三項目を挙げることができよう。
① 自らの高い精神的価値の探求 ―― 現代の武士道の実践
② 生死を超えた気概の養成と、自己の生き方を全うするための方法手段の選択、習得  ―― 武術の鍛錬、科学技術等の習得
③ 時代状況の把握 ―― 時事に通じ、国家社会の実践運動への参画
 未知の探求、気概の養成と方法手段の習得、時事に通じて社会運動に参画することなどは、闘う人間にはいずれの時代にも共通したものであったと思うが、これらを称して武道の修行実践ということが出来るだろう。
武道は、現実と乖離した精神性のみを論ずるものでもなく、状況をみながらその実現の手だてを追求していくことに本旨があって、単に体育スポーツの一術技というべきものではない。
したがって、武道の修練・修養は、実戦的緊張感を持って精神・技術両面において不断に工夫されねばならないというのが私の基本的な考え方である。
しかしながら武道の現状は、一般的にいって日本民族の高貴なる伝統文化から離れて、大和魂の精華としての武士道精神を忘れ、体育スポーツの一術技に堕している。
[PR]
by kancho39 | 2006-05-21 16:50 | ◆武道と空手

●武道と4● 現代の武道

■術と道-3  現代の武道
稲葉稔(弓道の先生)

 現代の武術は、昔の武士が実践の具として武術を鍛錬したのとは異なってきていて、より人格形成に重きがおかれている。
しかし、これによって生死を決することはなくなった時代にあるにせよ、その術技が生死勝敗を決する中で生まれて、今も実戦力を秘めていることに変わりはない。
その緊張感をもって鍛錬すれば、戦いの技と理を知り、生死を超越する気概を養うことはできると信ずる。
ここに現代社会においても武術を練磨する最も大きな意味があると思う(現代の各種の「武道」は、道の語が使われているが精神の探求を失ってしまった状態では、変質した”体育スポーツ化した武術 ”というべきかもしれない)。
 もちろん日常的に社会一般に見られる暴力沙汰は、昔とそう変わらず、武術はそのまま今の護身術としても役立つという面もある。
さらには形にあらわれず、目に見えにくい現代の高度に発達した戦いであっても、究極的には、肉体を持つ人間の意志と意志との戦いであり、敵を知り己を知りながら敵の戦力を砕き、戦意を挫くという基本原理は変わらないから、目に見えない、音に聞こえない、いわば形のない戦いの具体的基礎感覚が得られる武術の役割は、今日なお大きなものがあるといえる。
 しかも、あらたなる攻撃が生まれてあらたなる対応が求められる場合にせよ、その基礎をなすのは現在ある武術戦法である。
時代を超越した武術的天才といえども、その創造はそれまでの既成の武術の修練の中から生まれてくることは、武術の歴史を見ても明らかであろう。
[PR]
by kancho39 | 2006-05-21 16:50 | ◆武道と空手

●武道と6● 真の武道の回復

■術と道-5  真の武道の回復
稲葉稔(弓道の先生)

 現在の学校教育では、柔道、剣道、弓道等という体育武道の科目はあるが、日本精神修養を中核とした真の武道を教えるものにはなっていない。
一般社会で云々される武道についても術の語と同義に解されて、精神性が欠如しているスポーツ化された競技武術に偏している。
しかも社会文化面で海外へ普及して武道人口が増えているにせよ、武道がマーシャルアーツ(格闘技)と翻訳されているように、本来の武道からは遠ざかっていく方向に進んでいる。
それらは文化伝統の面からいえば神棚のない(つまり精神性の探求のない)体育館道場に端的にあらわれている。
 ここにおいて本来あるべき武道の姿を取り戻し、道と術の別と関連性を明らかにしつつ、両者の修養修練を積み重ねて、伝統文化としての武道を現代に回復していくべきであろう。そうしなければ、日本の文化伝統としての武道は死語になる。
 では、真の武道の姿を取り戻すにはどうするか ―― 。
 伝統文化の形をまず堅持し、日本の心を学び自らの心を覚醒して民族の魂を練る本来の武道にしていくことであろう。錬成は、民族の神々、武神への祈りに始まり、師弟、門人間に礼儀と信義があり、自らの道の探求があり、武術の鍛錬がある。
そして鍛錬の場である神々を祀る武道場は、清浄、静謐なる環境を保つというのが、最低限必要な条件であろう。
心を失い、さらに形まで失われれば、伝統の復活はいよいよ困難になる。
真の武道の姿を取り戻すには、いま残る武道の修行の形をまず堅持して、これ以上の衰退を止めること。あわせて現代に生きる武道を実践している指導者を探し求め、学ぶことであろう。
武が否定され、見失われ、しかも必要ないと一般に教育された時代状況の中での鍛錬の継続は、隆盛の中での探求とは異なった苦労や困難が伴う。敗戦、占領下において伝統的武道が否定される中でそうした苦難を経てきた指導者のもとで心身が鍛錬され、精神気概が養われ、術技が磨かれていけば、やがて現今の低迷を打破し、次なる文化を積極的に創造する民族の力が蓄えられていくことだろう。
明治神宮ホームページより
(明治神宮志誠館館長:稲葉稔)

・・・・・・・・・・

いなば・みのる =昭和19年東京生まれ。明治大学卒。高校卒業時に合気会系本部道場に入門、植芝盛平氏に親近した島田和繁氏と出会う。その縁で山口清吾氏に入門。
昭和40年春、鹿島神流国井道之氏に入門、最晩年の教えを受け、 歿後独自の武道探求をすすめる。神道思想家・葦津珍彦氏に師事し、日本思想、武士道を学ぶため神社新報記者となり、民族精神回復運動に関わる。48年10月至誠館の武道研修科師範となる。平成5年より館長。
[PR]
by kancho39 | 2006-05-21 16:49 | ◆武道と空手