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あごひげ館長の飛び蹴り!       コメント自由に書き込めますよ!     右下 Commentsから どうぞ!
by kancho39
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カテゴリ:掲示板書き込み( 4 )

旅立ち・見送りの月 

■森しげ子    2006/03/29
私はどのように見送られたいだろう?
父の弟が亡くなった。≪あんちゃこちゃん≫と呼ばれていた。小さい兄ちゃんの意味なのだろう。1つの思い出がある。幼稚園バッグを買ってもらったのだ。円筒形の赤いバッグはハイカラで目立ち恥かしかった。私は皆と同じようなバッグを父に買ってもらいたかった、が言えなかった。叔父は個性的な女性になってほしいという願いから選んでくれたのだと思う。50年近く経った今、最期に「ありがとう」と言ってお別れをした。

■又八郎 - 2006/03/29
先日、農村で実感した「身近な死」、という役重真喜子さんの新聞の投稿を読み、とても感銘を受けました。
 東大卒のキャリア官僚だった彼女にとって、田舎の葬式は驚きだった事でしょう。・・・故人のにおいがしみ込んだ家の座敷に地域の人々がワイのわいの集り、飲み食い、時には、きかねばさまだったな、なんて悪口の一つも言いながら、なんとか一人の人生を見送る大行事を終える。何回目かの手伝いの片付けを終え座り込んだ役重さんに、隣のおばあちゃんが、熱いお茶を入れてくれながら、順繰りだからな、オレの時も頼むじぇ…。順繰り、彼女の頭に自分が死んだときの光景がぽっと浮かんだ。自分の枕もとで、地域の人々や子供達が集い、和やかに語り合ってる。言い表し様のない不思議な安堵感が胸の中にじんわり広がった。ああそうだ、自分もこうして見送ってもらえるのか・・・
 このように私も周りの皆様から送ってもらえるような最後でありたい、祭壇の前の箱の中で納得できなー--いとだけは叫ぶような最後ではなく。と思った次第です。そして、亡き両親はじめこれまで送ったお別れした皆さんはいかなる心境であったのか、いや、祭壇の写真に姿を変え、後に残ったうろたえる身内や友人知人の様子を、あれあれ興味深く観察していたのかもしれません。叔父様もきっとそうですよ。

■おらのばあちゃん 慎三 - 2006/03/29
ばあちゃんがな
なぐなったときな
とってもかなしがったな まだまだこどものじぶんだったな
だげどな
ふしぎなもんでな
時間がすぎっとな
わすれはしねーげっともな
あのときのかなしさは うすれていぐもんだな
きっとな ばあちゃんがあの世でな
たのしくやってからだとおもうんだな
かなしさがうすれていくってのは・・な
おらは そうおもうんだな
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by kancho39 | 2006-03-30 21:56 | 掲示板書き込み

生きよ 

■森しげ子 06/03/14
この4月からオーストラリアに語学勉強をしに行く姪に、その父が送った言葉。「もし、これからレイプやひどいことが自分の身に起きるかもしれないが、そんな時でも、どんな時でも生き抜け、生きていろ、生きているということを父さんは望んでいるんだよ」と。何のために生まれてきたかをようやく自分に問いかけている今の私に、弟が偉く見えた。

■又八郎 - 2006/03/15
a0068770_18153086.jpg
弟氏の言葉、親の真実の気持ちです。子供はアイスだのチョコだの要求している時が一番親としても幸せな時。しかしそんな至福のときはあっという間。すぐ競り合いの時が訪れ、親も子も戦いの火蓋は切って落される。それは社会と、だけではなく子供の自我のめざめとの戦いでもある。親の思うような目覚めならいいのだが、多くはそうはいかないから大変だ。留学もしかり。よろこびいさんで、なぞな場所だが、わがんねどこさ、行かれたい親はいない。しかしさりとて止める事もできず、困ったものだと嘆くのがせきのやま。子供よ、自分は自分一人のものではなく、お父さんお母さんだけのものでもなく、不特定多数の人々が自分を心配案じている事をわすれないで。何の為に生まれてきたのか、無駄死にする為でねぇんだよ。あぶねどこさいくな、あぶねこどはすんな、よ。うちの娘も。困ったもんだ。
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by kancho39 | 2006-03-21 18:16 | 掲示板書き込み

旅立ち・見送りの月

■森しげ子(河北カルチャー、たのしい太極拳受講生)   06/03/12
a0068770_940648.jpg私はどのように見送られたいだろう?
父の弟が亡くなった。≪あんちゃこちゃん≫と呼ばれていた。小さい兄ちゃんの意味なのだろう。1つの思い出がある。幼稚園バッグを買ってもらったのだ。円筒形の赤いバッグはハイカラで目立ち恥かしかった。私は皆と同じようなバッグを父に買ってもらいたかった、が言えなかった。叔父は個性的な女性になってほしいという願いから選んでくれたのだと思う。50年近く経った今、最期に「ありがとう」と言ってお別れをした。

■又八郎   06/03/15
先日、農村で実感した「身近な死」、という役重真喜子さんの新聞の投稿を読み、とても感銘を受けました。東大卒のキャリア官僚だった彼女にとって、田舎の葬式は驚きだった事でしょう。・・・故人のにおいがしみ込んだ家の座敷に地域の人々がワイのわいの集り、飲み食い、時には、きかねばさまだったな、なんて悪口の一つも言いながら、なんとか一人の人生を見送る大行事を終える。何回目かの手伝いの片付けを終え座り込んだ役重さんに、隣のおばあちゃんが、熱いお茶を入れてくれながら、順繰りだからな、オレの時も頼むじぇ…。順繰り、彼女の頭に自分が死んだときの光景がぽっと浮かんだ。自分の枕もとで、地域の人々や子供達が集い、和やかに語り合ってる。言い表し様のない不思議な安堵感が胸の中にじんわり広がった。ああそうだ、自分もこうして見送ってもらえるのか・・・
このように私も周りの皆様から送ってもらえるような最後でありたい、祭壇の前の箱の中で納得できなー--いとだけは叫ぶような最後ではなく。と思った次第です。そして、亡き両親はじめこれまで送ったお別れした皆さんはいかなる心境であったのか、いや、祭壇の写真に姿を変え、後に残ったうろたえる身内や友人知人の様子を、あれあれ興味深く観察していたのかもしれません。叔父様もきっとそうですよ。

■おらのばあちゃん  慎三   06/03/16
a0068770_9464760.gifばあちゃんがな
なぐなったときな
とってもかなしがったな まだまだこどものじぶんだったな
だげどな
ふしぎなもんでな
時間がすぎっとな
わすれはしねーげっともな
あのときのかなしさは うすれていぐもんだな
きっとな ばあちゃんがあの世でな
たのしくやってからだとおもうんだな
かなしさがうすれていくってのは・・な
おらは そうおもうんだな
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by kancho39 | 2006-03-20 09:39 | 掲示板書き込み

ぜんぶ自分に帰ってくること

■森しげ子(河北カルチャー、たのしい太極拳)   06/03/08
a0068770_15312593.jpg
昨日は舟形山へ行き1月から遭難している人の捜索をしてきました。ボランティアですが、もし、自分が遭難してしまった時に、きっと助けが来てくれるという信頼があれば生き延びていけるし、皆が私のために仕事も返上してまで捜してくれている姿を思い出せると思うから、励みになると強く感じました。
人にしてあげているのではなく、ぜんぶ自分に帰ってきていることがわかるようになりました。ありがたいことです。感謝しています。                        
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by kancho39 | 2006-03-09 15:32 | 掲示板書き込み