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あごひげ館長の飛び蹴り!       コメント自由に書き込めますよ!     右下 Commentsから どうぞ!
by kancho39
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カテゴリ:◆JEK&総本部( 33 )

●JEK&1● 山形県本部発足、感動の日でした!

■NPO副理事長 佐々木康記

山形県本部発足、大変おめでとうございました。また、発会式に参加させていただき、感動を共有できたことは何よりもうれしく、あらためて山形県本部の皆さん、準備に携わられた皆さんに御礼申し上げます。
阿部総師範からは「みんな自分から動いてくれたから、いい式になった」といったような意味のこと聞き、総師範のお人柄がそうさせるのだろうなぁと、感動させられました。
お祝いに披露された今野企画部長、小野寺技術局長の演武にも、強烈な気迫が感じられ、山形の皆さんにも大きな感動をあたえることができたようです。実をいうと、「演武で花を添えられるこができたらすごく喜んでいただけるのでは」との言いだしっぺは私でしたが、ひざの状態が悪いのにもかかわらず、鬼気迫る演武をされ、不覚にも目が潤んでしまいました。企画部長、技術局長、本当にありがとう。
さて、ここ数週間、テレビ、新聞では世間を欺いた企業、会社役員が摘発される事件が相次いでいますが、一流といわれる企業を見ると、やはり基本的な企業の方針として「事業を通していかに社会貢献するか」が謳われ、また松幸之助氏のように「金儲けだけ考えたら、会社はあかん」と明言する経営者の方も多数おられます。
これは、空手の世界でも同じです。私たちの日本教育空手協会は、「空手を通して、社会に、世界に貢献できる人を育てたい」と人材育成を目的としています。「空手」は手段であり、「道」が目的です。そのためには『空手道を通じて親も子も共に学ぶ共育(教育)』(総師範)という活動の支柱がひつようであり、志を同じくする仲間が、山形県に発足したことはうれしい限りです。宮城県にとっても内側の活性化につながるはずです。更なる外への広がりへの転換点ともなるものと感じています。
「誇り高く生きているか」「十分に学ぶことができているか」「後悔を残すことなく、努力しているか」、これからもこのことを自分に問いつつ、また子供たち、親たちに、そして仲間たちに問いつつ、子どもたちが「空手をやっていてよかった、」「社会の役に立ちたい」と感じることができるよう、さらに充実した団体となるよう努力を続けたいとの思いを強くしながら帰路につきました。
最後に、内海さん、行き帰りと大変お世話になりました。今度行くときは、行きぐらいは私が運転しますから(行き帰りと言及できないところがつらい(笑)

■NPO事務局長 内海裕子

山形県本部発会おめでとうございます。阿部先生を取り巻く方々のお人柄の良さを痛感しここまで順調すぎるくらいに事がすすんだことに驚きさえ感じます。発会式に参加されたかたは誰もが感動しただろう、今野企画部長と小野寺技術局長の演武。これからは一つの家族として共に邁進していきたいと思います。今回は無事に送迎することが私の任務です。みなさんお気遣いありがとうございました。
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by kancho39 | 2006-04-19 15:47 | ◆JEK&総本部

JEK総本部、本部指導員が委嘱されました。

■NPO事務局

※2月審査会において次のように本部指導員が委嘱されました。尚、いずれもが6~7歳で修空館道場に入門しこれまで続けてこられているそうです。27歳指導部長(JEK技術局長)以下、若い指導体制での今後ますますのご活躍を期待いたします。後輩たちの指導をよろしくお願いします。
a0068770_748870.jpg

◎本部指導員 白石智章 三段 青森大卒
      JEK副技術局長  高校、大学とレギュラーで活躍
◎本部指導員 高橋 一 三段 東京農大卒
      JEK組手強化部長 2年連続で国体と全日本出場
◎本部指導員 只野 聡 三段 駒沢大学
      JEK組手強化副部長 インターハイ個人組手準優勝
◎本部指導員 伊藤辰朗 三段 近畿大学
      JEK組手強化副部長 2年連続インターハイ出場
◎本部指導員 今野麻矢 三段 東北福祉大
      JEK女子部長   東北総体チャンピオン
◎本部指導員 山内智章 三段 学法福島卒
      JEK形強化部長  インターハイ連続入賞、3位
◎本部指導員 堀 千歩 三段 学法福島卒
      二年連続インターハイ出場、国体出場
◎本部指導員 遠藤真士 三段 中新田高卒
      中新田高校レギュラー、インターハイ出場
◎本部指導員 及川美晴 三段 涌谷高校卒
      三年間、修空館道場を指導員として支えた。
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by kancho39 | 2006-03-11 07:50 | ◆JEK&総本部

●JEK&● JEKの行く道

■2ちゃん人 - 2006/03/01(Wed) 23:22
これでJEKもスポーツ空手に成り下がるのか。いままでやってきた武道空手は何だったのだろう?
------
■あごひげ - 2006/03/02
>いままでやってきた武道空手は何だったのだろう?
a0068770_929425.gif 2ちゃん人さんありがとう。はい、武道空手というのはまずは『極め』にあると思います。しかしもっと大事なのは武の道、つまり人の道であろうと思います。人の道とは何か、人は人によって刺激されたり感化を受けたり大きく影響を受けるわけです。会長が全国大会の挨拶でよく言ってました。『全空連(財団)は金の集まりであり、協会(社団)は人の集まりである、』と。どこの組織もそういう面もなきにしもあらずですが協会も末端に行けば人の集まりを越えて金の集まりになっていないか考えてみるべきです。私は指導者です。協会の指導者は未来ある人(子供たち)を集め文部省認可という大旗の下で明日の日本を担う青少年を育成しているはずです。しかしそうでしょうか。指導者たちは現実どう導いているでしょうか。ひずみは起きていないでしょうか。それらは各種大会、審査会などにおいて教育的な観点から子供たちを中心にとした導きがなっているかどうか総点検される時期に来ています。文部省と言えば学校です。学校と言えば教育です。空手を通じた教育(教え育む)になっていますでしょうか。武道ってなんでしょう。武道空手ってなんでしょう。極め、だけでなく、協会をあげて追求していくべき大きな課題であり忘れてはならない部分ではないでしょうか。武道精神から外れた指導者たちの行為をこの一年たくさん見てきて今、『教育』の二文字を入れたNPO法人日本教育空手協会を立ち上げ、ありもしない誹謗中傷、今始まるというときの選手への悪口雑言、指導員の引き抜き工作、大会開催妨害工作など雨、嵐(荒らし)を潜り抜けてきて(まだまだ渦中)感じることは、切り替えのスイッチを入れられて良かったという安堵感です。(親たちと共によろこんでいます) スイッチを入れるときは暗がりで手探りでやっと歩いていたけれど親たちはもちろんのこと若い指導者たちも子供たちもこの今だからこそ現在の明るさに氣付きはじめています。
a0068770_936586.jpg (←写真は、JEK総本部修空館道場)
 人生二度なし、と言いますが、そんなことはありません。人生はスイッチを切り替えることで新しく理想郷を追い求め、努力することで理想郷もまた少しずつ近づいてくることに氣がつきました。私にとっては空手が人生です。一度目の人生は死に絶えました。今、二度目の空手人生を歩み、うれしくて楽しくて希望に燃えて仕方がないのです。全空連系の大会に出ると『今までのあの大会は何だったんだろう・・』(審判員、指導者の質の問題)というような声が親たちから子供たちから自然に聞こえてきます・・。その分厚い殻の中に閉じこもっていれば分からなかった世界が、ここ一年の本格的全空連参加により見えてなかったものが見えてきたということです。協会も早く氣付いて真の人間教育を中心にした世界に誇る最高最大最強の団体になること、歩むこと、スイッチを切り替えていくことを強く願っています。
 ご意見、ご遠慮なく書き込みください。またはメールください。
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by kancho39 | 2006-03-02 09:32 | ◆JEK&総本部

●JEK&● 道場の経営?について質問いただきました。

■弐茶庵音羅先生へ  あごひげ   06/02/02

▲道場の経営について  弐茶庵音羅  06/02/02
>「そういえば順調になされてる方々があちらにいたっけ」と思い出し、こちらに参りました。
>道場の経営についてですが、どう思われますか。
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私の場合は人生強運・・といつも捉えて前向きに進んでいます。今何か大きなことが起きてもそこを頑張って潜り抜ければ大きな光が見えてくる、そして苦しかったときの経験が力になると捉えています。数年前に私は、空いている町に道場を開いたことで隣りの大きな市の指導者より、『そこはオラホ(俺たちの土地)だ』と言われて理由がよく分からないような騒ぎ方をされました。そうでしょうね、きっと怖かったのでしょう。何せそこでは一氣に70人もの会員が集まったのですから。。でもね、世の中で一番大事なこと、それは、何を大志にして前向きに進むか、ということですよ。上の方の大人の世界でごちゃごちゃしていたら未来ある子供たちを私たちの空手道でしごいてしごいて何とかしようという大望は達成できません。偽善者だとか言われそうですが、今この世の中を変えていけるのは、大志と大望を持って進んでいける我々指導者であるということです。人の財布の中をのぞいたり、人を羨ましいと思う前に、自分はどう生きてどう社会に貢献できるのかという、社会の一員としての子供たちの前に立つ責任感というか自立心というか、そういうものが大事ではと思うのですがねー。。
a0068770_10574644.jpg経営としてはあまり深くは考えていません。(妻に見放されそうです、どちらかと言えば・・)。ただこの命、空手の中で死ねたら本望です。子供たちをしごいて鍛えて、大きく立派になった奴が自分より大きくなって、、、ある時うしろを振り向いたら、『館長、○○です!』と立っている、、そういう時くらい幸せを感じることは私はないですね。グッと来ます。だから、子供たちができるだけ親の都合とかで辞める不幸・・とならないように私はいつも、全体メール(連絡網は平成13年よりパソコンメール)の中で方針を打ち出し、親たちに物の見方、考え方の上でハッパを掛けるように努力してきました、、、思うまま、感情のままにですが。。
経営として捉えるならば、今どんな道場が社会に求められているのか、ということだと思います。私は8道場からの会長たち(全員女性)、そして約20人のママ空たちといろいろ相談をしながら、アイデアをいただきながらこれまで、遊びの寺子屋、母と子の護身講座、芸能大祭、などなどを(一緒に)企画し続けてきました。いろんな職業、特技、すばらしいセンスを持った有能な人材、お母さんたちがいっぱい居るんです道場には。継続はまさに力です。続けてきたことで他に真似のできないような私たちの道場が出来上がってきたと思います。
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by kancho39 | 2006-02-02 14:04 | ◆JEK&総本部

●JEK&● 道場の地名由来

■小野寺峻  桃生町誌編纂委員、郷土史家  
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 古代、桃生城時代(1230年前)から現代まで“桃生郡”は早くからひらけ、鎌倉時代初期(800年前)には“永井城”が置かれ、天正19年(1591年)から幕末まで、村田公が永井領主として治めてきたこの地は、明治22年まで、永井村と称されてきたところである。
 宮城県史、角川の日本地名大辞典等によれば、この永井村は、小山・沼尻・糠塚・道場・蟹沢・岩の沢・トロノ木沢・仁田森など45の小字から成ると記されている通り、明治22年、桃生村となってから、永井は糠塚・裏永井・西前など5つの小字なまとめ大字となったものだが、今でも里人は糠塚の誰さん、道場の誰さんという様に長い間親しまれてきた旧小字名で呼称されている。
a0068770_11152156.jpg この永井村、道場は江戸時代の頃からの地名であることは確かなことだが、詳しくは不明であるものの、判然としていることは、仙台伊達氏の御一家、村田家に御目付役として仕えた、小野寺忠太夫敷久(文政5年~明治21年)が、この地の邸内に学問道場を構え、里人の子弟に読み書き・算盤(そろばん)等の教授をして居たところが、明治5年、新政府が「学制」を発布したことから、翌明治6年、永井浄音寺を仮校舎として「永井小学校」が開設されることになり、これまで各自、寺子屋的な私塾で教学していた村田恂之輔・足立広太・小野寺忠太夫の各氏は、この浄音寺の仮校舎で児童の教育に当ることになった。
 時代は下って、大正から昭和初期にかけて、この忠太夫の孫忠弥は、関流数学九伝、千葉貞三郎流谷から関流数学の奥儀を伝授され十伝を継承し、小野寺流永と号し、数学・天文・易学等を里の青少年達に教授し道場の地名が連綿として生き続けてきたのである。
 今、前記忠太夫から四代、忠弥には孫に当る館長が30年前、この由緒ある道場の地に、修空館道場を創設、父祖の教育理念をよもがえらせ「心の時代」といわれるにふさわしい「精神」と「肉体」の鍛錬に打ち込み全国に盛名を馳せるまでに至ったことは、有名、無名の沢山の人々からの惜しみない御援助の賜ものであり、祖先の遺風赫々(かくかく)たるところであることを思うとき、館長以下一丸となって次代を担う多くの人材を世に輩出してゆかれんことをひたすら願うものである。
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by kancho39 | 2005-12-27 23:10 | ◆JEK&総本部

●JEK&● 桃生の歴史風土が人を育てる

■小野寺峻  桃生町誌編纂委員、郷土史家
                      
 a0068770_1333927.jpg北上川に囲まれた、この桃生地方は、今、わかっているだけで、四~五千年前から人が住み、約1300年前頃になると、沢山の人達が、西の方から移ってきて、開拓を進めたり、時には悪者たちと戦ったりして、国造りに力を注いできた所です。
 800年前の源平合戦では、義経を総大将とする北国の勇者たちが、遠く四国、九州あたりまで平家を追って滅亡させ、或いは、南北朝の内乱にあたっては、多賀城の鎮守府将軍を助け、葛西公に従って上洛して、各地に転戦するなど、日本歴史の上で、何等かの役割を果たして来たに違いありません。
 都市の人の目には、山深い不便な田舎に見えるかも知れませんが、この大自然の中から身も心も強い、世の中の役に立つ人間が育つところでもあります。
 江戸時代にも、この永井からは、剣豪、相沢永長斎が出て、北は津軽から四国、九州まで行脚して、試合を挑み、一度も負けたことがなく、永井に帰ってからも、小山一刀流の開祖として、あるいは、浅山一伝流の柔術を広めたりしながら五千人余りの門弟を育てたといいます。
 高須賀の竹永直人は、柳生新陰流から、柳生心眼流(注)を編み出してその開祖となるなど、この地方こそ武道の発信地でもあるように感じられます。
 二十年の間に、この地方から、全国に、輝かしい実績を示した多くの先輩達に続いて、若い男女諸君が、「天地正大の氣」と、「不動の心」で、未来に向かって、一層の奮起を期待して居ります。

※注  剣術、柔術、棒術などのこの流儀は現在、迫町の星氏に伝承され、組型は宮城県指定無形文化財になっている。
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by kancho39 | 2005-12-27 23:09 | ◆JEK&総本部

●JEK&● 氣不動尊

■小野寺 峻   桃生町誌編纂委員、郷土史家
※不動明王縁日は毎月28日

総本部 修空館道場の氣不動明王について
                                
 大日如来が「変身」して見せているのが不動明王であります。
 a0068770_13311176.jpg大日如来は読んで字の如く大きな日輪、つまり太陽を意味し佛教が日本に来る以前から、日の神を天照大神として祀り、男を日子(彦)、女を日女(姫)と呼んだし、古代エジプトの人達も太陽神(アラー)を毎日拝み、それに捧げる為に巨大なスフィンクスや神殿を、恐るべき努力で造りあげてきました。
 この大日如来(太陽)、の知恵の光は、すべての生き物の上に片寄ることなく照らし、活き活き、溌刺と生かして居られます。
 平成元年に、修空館総本部大道場の新築を祝って京都の大本山大徳寺の小林太玄猊下からご寄進賜った、この不動明王像は「氣不動(尊)」と名付けられ、真剣に心身を鍛えて止まない皆さんの守り神として尊崇をうけています。
 人格完成を果たし、大日如来と同じような境地に至るまでは、激しい稽古の時、試合で相手と向かい合ったとき、或いは、これからの長い実社会で「ここ一番」という場面で、この「氣不動」が皆さん一人一人に合体しているのだと信じて、ビクともしない不動の態度で望めば、何事にも恐れず勝利者となることは間違いありません。

■氣不道明王(望月天生 作)

 不動明王とよばれるのは、火を観想して動ぜず、あらゆる障害を焼きつくす大智の火を身から発するといわれるからである。
 不動明王への信仰は、密教がさかんになった平安初期からひろまり、悪を断じ、善を修し、国や個人を守るものと考えられた。とくに江戸時代には、不動尊信仰に排他生がなく、どのような宗派のものでも信仰することができたために、東国民衆にひろく信仰された。
 像容は明王のなかでは唯一の1面2臂で范髻(しゃけい)とよぶ花形の髻(もどり)、蓮華を頭にいただき、辮髪(べんぱつ)を左肩にたれ、猛炎をせおい、忿怒の形相(ぎょうそう)をして、右手に利剣、左手に羂索(けんさく)をもち、盤石座(ばんじゃく)に坐る。両眼を大きく見ひらき、唇をかみ、2本の芽(きば)は天地を向く。
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by kancho39 | 2005-12-27 09:49 | ◆JEK&総本部

●JEK&● 時にはえびす様・・・

■関東、まっちゃん先生より  01/08/31
※JKA全国大会終了後に。

あごひげ先生へ

a0068770_9423258.gif飽くまでも、子供に厳しく言う時、
なに言ってんだよ、自分は口だけで、
俺らには・・・・・・と言わせたくなく、自分でも頑張りました。

偉い先生方は、嫌でもたくさん増えます。
でも、子供の目線で、締めたり、誉めたりしている人は殆ど居ません。
すこし段位あがると、審判やったり、指導員といって、
子供の目線からどんどん離れてゆきます。
何時までも、子供のそばにいて、コートのそばにいて、叱咤激励することが
したいんです。(自分の子は勿論、道場の子供皆にたいして)

先生はいつもやられていますよね。
毎年ちゃんと、見させていただいております。
だから、強いんですよ。先生のところは。
練習量や技術力だけではあそこまでにはなりません。
後ろに、ひげはやして、
時には鬼のように、時にはえびす様のように。・・
信頼関係がなければ。

段位が上がるにつれ、忘れてしまうんですよ。
コートに並んだ時の、緊張感、怖さ、時には、頭の中真っ白になること。
口から、心臓飛びだしそうなこと。

そんなとき、いつも見てくれている、
おじさんがそばに居れば、少しでも心の足しになりますよね。
そんな立場で何時までも居たいんです。
(なかなか理解してくれる人居ませんが・・・)
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by kancho39 | 2005-12-27 09:42 | ◆JEK&総本部

●JEK&● JEK親と子の方針

■あごひげ館長
※NPOの二年目は正念場です。あえて具体的な指導方針を打ちたて努力していきたいと思います。
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■JEK親と子の方針

▲園児~小学生
まず靴を揃えることで心の締まりを持たせます。次に、大きな声を出すこと(返事、挨拶、つまり礼儀)を最重点とし、氣構えの出来ている成長の仕方をさせたい。学年が進むにつれて強い心と身体、そして物事に対する集中力を養うことを目標にします。あわせてゲーム性のある動きを交えて基礎体力を養っていきます。

▲中学生
リーダーであること。広い地域の後輩たち、道場に通う小さい子たちがいつも先輩である自分の背中を見ているんだという自覚と、周りに対し思いやりを持って行動できるようにします。あわせて、姿格好にとらわれない人間の中身がしっかりした成長と、目標を据え、夢に見合う努力ができる人間となるよう導きます。  

▲高校生、大学生
自立(飛び立ち)を図らせ大人に近づく第一歩を踏ませます。自立は一方では親の努力でもあり、本人の将来を見据える親としての責任でもあります。合わせて、高い技術の習得と体の痛みなどを経験することにより、他人への思いやり・精神力・統率力を養い、強い心を持ったより大きな人間になるよう期待します。  

▲ママ空
親も共に学びましょう。子供と一緒の稽古でも我が子を意識しない努力(親として自立)が必要です。親の自立は子供を正しく見る最良の手立てです。道場ではつねに稽古全体を意識しつつ、あるときは指導補助または世話人でお願いします。合わせて体の芯から美しくなることを目標に、和氣藹々、楽しんでください。

▲親たち
 親子べったり(マザコン、ファザコン)、共に成長する努力をしない親は、勝ち負けに拘りやすく、自尊心をあらわにします。また、子供が黒帯になると親が栄進?したかのように振る舞う。一方では子供の(都合のいい)訴えにオロオロし、子供の味方にばかりなろうとするなど、見当違いの自己主張をします。
 お世話(世話人)は、『のに』が付かない程度とし、『みんなの為に』動くことが親の見せる背中であること。
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by kancho39 | 2005-12-18 12:20 | ◆JEK&総本部

●JEK&● 私の心がけ10ヶ条

■指導理念
神奈川県小林先生

一 全体を見ると同時に、一人ひとりの個性を知り、誉めることを心がけます。
一 小さな不安、不満のサインを見逃さないように心がけます。
一 結果主義ではなく、活動の過程を大切にした指導を心がけます。
一 「がんばれ」よりも「やる気」を起こさせることを心がけます。
一 勝ち負けの価値観ではなく、善悪の価値観を大切にすることを心がけます。
一 自己研鑽を怠らず、マナーを大切にした態度で接することを心がけます。
一 少しずつ、急がずに、一貫性をもって指導することを心がけます。
一 計画性をもって、保護者への説明と連絡を密にした運営を心がけます。
一 ユーモアをもって、不安と緊張をほぐした指導を心がけます。
一 自分の果たせなかった夢を、子供(会員)に託して期待をかけ過ぎないように心がけます。
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by kancho39 | 2005-12-11 17:53 | ◆JEK&総本部