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あごひげ館長の飛び蹴り!       コメント自由に書き込めますよ!     右下 Commentsから どうぞ!
by kancho39
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カテゴリ:◆武道と空手( 50 )

●武道と● ひとりよがりの道場訓

■東京、むさし先輩
ひとりよがりの道場訓(勝手に解釈)
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1.人格完成に努むること・・智、仁、勇の完成
行動するサムライが追求した「品性」とはなにか?武士の訓育にあたって第一に必要とされたのは、その品性を高めることであった。明らかにそれとわかる思慮、知性、雄弁などは第二義的なものであった。武士道の枠組みを支えている鼎(かなえ)の三つの足は「智、仁、勇」といわれ、それぞれ智恵、慈愛、勇気を意味している。


「勝算なきは戦うなかれ」が孫子の兵法の基本的な前提条件の一つであるが、勝算のあるなしを見分けるのが智にほかならない。状況を読む力、あるいは先見力といってもよい。じつをいうと、人間の識別能力には智よりももう一つ上のレベルがある。それは「明」である。では智と明のちがいはどこにあるのか。「老子」という本に、「人を知る者は智なり、己を知る者は明なり」とある。将たる者はできれば明でありたいが、とりあえずは智でよろしいということだ。明はかなり先天的な能力であるが、智は後天的な努力で身につけることが出来る。それには先人の経験に学ばなければならない。


わかりやすくいえば、思いやりである。部下をこき使うだけで思いやりのないリーダーは、部下を心服させることが出来ない。組織としてのまとまりにも欠けてくる。そうならないためには、リーダーたる者は部下の心をとらえる魅力がなければならない。そのためには、仁が必要だ、というのである
※武士の情け:敗れたる者を慈(いつく)しみ、おごれる者を挫き、平和の道を立つること


これは勇気と理解してよい。あるいは決断力といってよいかもしれない。勇というと、われわれ日本人は、とにかく前へ前へとやみくもに進むことが勇だと思いがちである。だが、中国人にいわせると、それは、勇は勇でも「匹夫の勇」にすぎない。将たる者の勇とは、勝算なしと見極めたときには、ためらわず撤退する勇である。つまり、あえて後へ退く勇、これが孫子のいう勇にほかならない。もっとも剛毅なる者はもっとも柔和なる者であり、愛ある者は勇敢なる者「人が恐れるべき事と、恐れるべきでないことの区別」こそ勇気である。

義を見てせざるは勇なきなり
勇気は義(筋道が立っていること、人としてしなければいけないこと)によって発動されなければならない。正義、大儀のための勇猛、忍耐、果敢、豪胆、勇気。平静さに裏打ちされた勇気

1.誠の道を守ること
※誠:いつわりのない本当のこと。相手を全力で思いやる心。
真実性と誠意が無くては、礼は道化芝居か見せ物のたぐいにおちいる。「度を超えた礼は、もはやまやかしである」嘘をついたり、ごまかしをやることは臆病者のやることである。サムライは、うそ、いつわりをすることは罪悪としてでなく、弱さとして批判していた。そして弱さは大いに不名誉なことであった。

1.努力の精神を養うこと
若者を教育する主たる目的は知性でなく品性を高めることであった。サムライは逆境に屈することのない、高貴な精神の威厳ある権化であった。また学問が目指すところの体現者であり、鍛錬に鍛錬を重ねる自制心の生きた手本であった。また、恥となることを避け、名を勝ち取るためにサムライの息子はいかなる貧苦も甘受し、肉体的、あるいは精神的苦痛のもっとも厳しい試練に耐えたのであった。

1.礼儀を重んずること
※礼:守らなければならない作法
礼とは他人に対する思いやりを表現すること:長い苦難に耐え、親切でむやみに羨まず、自慢せず、思い上がらない。自己自身の利を求めず、容易に人に動かされず、およそ悪事というものをたくらまない。奥ゆかしさはもっとも無駄のない立ち振る舞いである。

1.血気の勇を戒むること
勇気は、義によって発動されるのでなければ、徳行の中に数えられる価値はないとされた。正義、大儀のための勇気であり、血気の勇、匹夫の勇は軽蔑された。勇気の精神的側面は落ち着きである。勇気は心の穏やかな平静さによって表される。破滅的な事態のさなかでも心の平静さを保っている。勇気と名誉はともに価値ある人物のみを平時は友とし、戦時の敵においてはそのような人物のみを敵とすべきことを要求している。
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by kancho39 | 2005-12-26 23:14 | ◆武道と空手

道場でのゲンコツ

■神奈川県平塚神空会、宇留虎男   2003/03

非常に難しい問題ですね。自分の例をいくつか挙げてみましょう。
○稽古の時は、いつも怒鳴りまくってます。(子供達は慣れっこかも?)
○怒る時にはゲンコツは当たり前です。
(親御さん達はもっとビシバシやってください!と言いますが、
○本当に心底怒った時には無言になります。(場内に物音一つしなくなります。)
しかし何よりも大切なことは、こちらからの圧力でやらせるというのではなく、子供達自らがやりたいというように仕向けることです。そんな私がいつも子供達に言うことは、思いやりの持てる人になりなさい。勝った時にこそ手放しで喜ぶのではなく、負けた相手の気持ちを考えられる選手になりなさいということです。思いやりがない、礼が出来ない、返事が出来ないというのでは、空手の技術を教えるに至っていないということでしょう。それにやる気のないやつは帰れ!邪魔!この注意の時間がもったいない!やれるのにやらないやつには教えようがない!出来ないとやらないでは大違い!というようなことでしょうか。
指導者の前では素直ないい子であっても子供達だけの所では何をやっているのか解らない選手では、全くの偽物でしょう。本物になりなさい本物の強さを身につけなさい、ということを稽古終了後の挨拶で話したところ(もちろん名指しでなく全員に言ったのですが)、小生の留守中(仕事の関係で帰宅はほとんど毎日22時以降になります)に、自宅(女房)へ90分間も延々と電話してきたアホウがいます。この時にはこんな親だからこうなってしまうんだなと思ったものでした。
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by kancho39 | 2005-12-11 18:39 | ◆武道と空手

●武道と● 本当の武士道は・・

■むさし先輩

多くの日本人は武士道に対する考え方を「忠義」と考え、絶対的服従と捉えている。だが、武士道を必ずしも忠義であると捉えるのは大変な誤解だ。本書で見落としてはならない文言に「主君の御心入れ直し、御国家を固め申すが大忠節」とある。すなわち、上司の命令が納得のいかない場合は、どこまでも訴えるべきである。武士道にとって忠義は基本中の基本だが、高いレベルの武士は、時には主君の命令を踏み潰し、捻じ曲がった心を立て直し、そして御国家の為に主張する、これが武士の真の役割である。私の身近な経営者に絶対的に部下の忠告を受け入れない人がいる。自分に逆らう人は辞めてもらう主義だ。結果は全ての社員がイエスマンの集団となり、競争心を失って衰退してしまった。たとえ上司の命令であっても、疑問をもてば決して屈しない、そんな忠言・諫言のできる社員をどれだけ多く抱えているかによって企業の繁栄が決まると思う。 立派な経営者は、自分の考え方(命令)に反逆的行為があってもそれを恨みには思わない。上司の度量を見識があいまって最強の組織ができると思う。

■むさし先輩
武士道とは死ぬことと見つけたり

武士道とは死ぬことと見つけたり」葉隠の有名な文言だ。(葉隠は佐賀藩鍋島家の修養書で、山本常朝の口述書を田代陣基が7年かけてまとめた書) 武士が生か死の境に立った時、徹底的に死を選んで、常に未練を残さず命を賭けて事に当たる、そういう心構えを固持する事によって、武士は生死を越えた"自由の境地"に立つ。そこで初めて「武道に自由を得、一生落ち度なく家職を全うすべき也」つまり「死」ではなくて「生」の哲学である。死に直面する事によって、徹底的に生き得るという事だ。
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by kancho39 | 2005-12-09 11:08 | ◆武道と空手

●武道と● 四大流派

■某資料より

空手には四大流派があります。
1.松涛館流=首里手を原型として、船越義珍が伝えたもの。
2.剛柔流=那覇手を原型として、宮城長順が伝えたもの。
3.糸東流=首里手と那覇手の二つを原型として、摩文仁賢和が伝えたもの。
4.和道流=松涛館出身の大塚博紀が、本土の柔術をミックスさせて広めたもの。

沖縄では、首手、那覇手、泊手といいますが、いずれも地名でその地方の手ということであり、こういう風に区別するようになったのは、東恩納寛量が中国福建省の鶴拳の大家劉良興(ルールーコー)より学んだ中国拳法を持ち帰った明治20年以降のことで、それ以前は北京の羅漢拳から伝わった首里手しかなかったので、単に「手」「唐手」と呼ばれていました。(東恩納寛量が伝えたものが那覇手になります。)
中国には「南船北馬」という言葉がありますが、首里手は北方騎馬民族の拳法といえます。(例えば騎馬立ち)反対に那覇手は船の上での安定した立ち方を多用します。(三戦立ち)それから「空手」の「空」は船越先生が仏教の「色即是空・空即是色」の言葉から取り入れたものです。「宇宙の色相は観じ来れば、一切空に帰する。しかし空は即ちこれ一切の色相に他ならぬ」
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by kancho39 | 2005-12-07 23:56 | ◆武道と空手

●武道と1● これがリーダーだ

■東京、むさし先輩

リーダーとマネジャーとは異なる。マネジャーはシステムを管理し店や道具を買いそろえるのが仕事。そういう人たちは、財務管理やシステム管理には適しているが、組織の基本要素である「人」の存在を忘れている。リーダーは人をリードすることだ。人にはそれぞれ夢や希望があり、頭脳や感情を持っている。その人にやる気を起こさせ、その人が普段やらないことも喜んでやらせてしまう。これがリーダーだ。マネジャーは生身の人間を忘れがちである

▲リーダーに求められるのは権限を惜しみなく与え、責任は自らがとる。そうすることで、部下はやる気を出し、実力を発揮できるチャンスも増してくる。
※ノーマン・シュワルツコフ(湾岸戦争司令官)

▲「幹部はエラいんだ(エラい=「偉い」ではなく「たいへんだ」という意味)。君たちは3倍働け、重役は5倍働け、僕は10倍働く」
(リーダーとして最低とらねばいけないこと。これは最後の最後の責任だけは自分でとるということです。)
※東芝再建時の土光敏夫

▲リーダーはエネルギッシュでなければならない
そのエネルギーで人々を鼓舞して動かす能力を持っていること
むずかしい決断を素早く下す能力があること
計画し能率良く実行する力が必要
※GEリーダーシップ開発研究所 スティ-ブン・カー
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by kancho39 | 2005-12-07 23:29 | ◆武道と空手

●武道と2● リーダーには行動力が必要

■むさし先輩
アサヒビール 笹岡取締役

リーダーは「情報力、決断力、洞察力、行動力」を備えていなければならない。なかでも、これからのリーダーには考えるだけでなく、行動に移せる能力が必要。「目標を達成するのに的確な指示や命令を出せることがリーダーの要件だった」次の目標がなかなか定まらない?これからは「自分で目標を組み立て、それを実行させることができるリーダー」を育成しなければ勝ち組に残れない
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by kancho39 | 2005-12-07 23:27 | ◆武道と空手

●武道と3● 三勝(将)あり

■むさし先輩
周の武王

周の武王:「戦の時に、兵士のやる気を高めるためには、どうしたらよいか」
呂尚曰く:三勝(将)あり(礼将、力将、止欲の将)

◎礼将:率先して礼を守る将
兵と同じように雨が降っても笠をかぶらなかったり、冬でも毛皮を身につけなかったり、夏にも扇を使わない。
◎力将:力を出して戦に挑む将
悪路を通るような時には、将軍は自分も車から降り、兵士とともに歩く
◎止欲の将:自分の欲望を抑止した将
兵士が食べたらその後に自分も食べ、兵士が暖をとらないのなら、自分もとらない
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by kancho39 | 2005-12-07 23:24 | ◆武道と空手

●武道と4● リーダーとは

■むさし先輩
周の武王

「将を評価する時には何を基準とすべきか」

  太公望呂尚曰く:「勇、智、仁、信、忠」

1.勇気のある将に対しては誰も軽々しく扱えない
2.智恵があったなら上手に処置していくから、誰も悔らずに従う
3.仁があれば、部下に対して公平であり、皆は心から従う
4.部下を信頼したならそれに応えるために部下は力を尽くす
5.心に思うことと口に出すことが「忠」だったら、部下は裏切ることがない
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by kancho39 | 2005-12-07 22:44 | ◆武道と空手

●武道と5● こんな指導者を目指そう

■むさし先輩

最も理想的な指導者は、部下から存在することさえ意識されない。

・部下から敬愛される指導者は、それよりも一段劣る。
・これより更に劣るのは、部下から恐れられる指導者
・最低なのは、部下から馬鹿にされる指導者だ。
・約束を守らない指導者は、部下の信頼を得ることができない。
・立派な指導者は、弁解も宣伝もしない。すばらしい業績をあげても、それが彼の働きだとは認識されない。そんなあり方が最も理想的なのである。

(組織の隅々まで細かく気を配り、締めるところは締め、押さえるところは押さえ、しっかりと組織を掌握している。ただ、そんな素振りはいささかも外へ出さないので、ぼやっと坐っているようにしか見えないのである。むろん、自分の能力をひけらかすこともないし、功績を見せびらかすこともしない。)
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by kancho39 | 2005-12-07 22:42 | ◆武道と空手

●武道と6● 実際家に必要な三識

■むさし先輩
安岡正篤

元来、識にはおよそ三つある。その一つは知識。これは人の話を聞いたり、書物を読んだりして得る、ごく初歩的なものであり、薄っぺらである。
これに経験と学問が積まれて見識にならなければいけない。さらにその上に実行力が加わって初めて胆識となる。
したがって知識だけではだめで、知識が見識になり、その見識も最後には胆識となって、初めて役に立つ。
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by kancho39 | 2005-12-07 22:39 | ◆武道と空手