excitemusic

あごひげ館長の飛び蹴り!       コメント自由に書き込めますよ!     右下 Commentsから どうぞ!
by kancho39
ICELANDia
カテゴリ
全体
◆JEK&総本部
◆子育てしよう!
◆武道と空手
◆氣と空手
◆極めの空手
◆あごひげ吼える!
◆元氣が出る言葉!
◆日程&報告
JEK&
みんなの笑劇場(日記)
極めの
武道と
子育て
氣と
OB・母・ママ空
寺子屋・護身術
みんなの笑劇場(日記)
審査・審判・大会
武道と
総本部修空館道場
氣と
掲示板書き込み
各種大会の報告
今後の日程
未分類
以前の記事
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:◆極めの空手( 38 )

●極めの● 形にキレを出す方法

■大阪、ひろりん先生

手技を切れよく見せるには確実に足を速く動かし足が接地して立ち方がきまる間に手を動かすようにする。そして手が止まるぎりぎりまでトップスピードを保てるようにする。(この辺は脱力で行なう)脱力のままだと肘や肩を痛めるので止めるときに拳を握って腕全体を剛体化する。止まった瞬間に又脱力するがそのときはその場に腕を置いておく。これが出来れば形では極めがあるように見える。

足を速く動かす。技が極まる瞬間に腰を切る。(ダブルツイツトです)例えば追い突きです。(左足前前屈から)左前足、膝の抜きでスタート、右足も脱力でひきつけてそのまま前に振り出し踵接地、左足の膝を絞りながら伸ばす。足とともに腰も前方に回転これで腕を振り出す。腕が伸び切る直前に腰を逆に切る。拳を握って極める。

呼吸を合わせることが大事です。呼吸が合うと早いし極めも強くなる。この辺の強弱の差があればあるほど極めもあるように見える。又とにかく運動の起こりを見えにくく瞬間的に出来るのが大事なのでその1点に意識を絞って練習するのもいいです。うまく補助を使って神経系により早い動きを経験させるのは切れを出すにもスピードを出すにも効果的です。突きで後ろから肘を押してやるとか前に進むときにやはり後ろから腰のあたりを押してやるとかです。(補助が強すぎると関節を痛めるので注意)

補助つきの練習はどちらかというと神経系のトレーニングになるのでまったく疲れていたいときがいいように思います。自分の脱力はやはり疲れていないときかあるいはオールアウトまでやって1線を超えるのもやっぱりありかな?
[PR]
by kancho39 | 2005-12-04 22:47 | ◆極めの空手

●極めの● 燕飛のポイントは?

■あごひげ

燕飛のポイント・・んー。ツバメが飛ぶ、ですから、軽やかにかつ俊敏に、ということでしょうか。(掲示板での質問に対して)

・右膝ついて右下段への構えのあとの自然体で立ち上がる=この時の目は右方向のまま。
・交叉立ちで中段突き=交叉立ちはきちんと、正面を向いて。
・左前屈で後方下段払い=少しはよいがあまり前傾してはならない。床に対して垂直が正しい。
・騎馬立ちで左上段の構え=相手にわざと中段のスキを見せるために構えた位置に打つ。
・ここから一回目の底掌受けまでは、緩急つけて腰の切れと正しい姿勢が重要でしょう。
・寄り足で後屈右下段払いから=取られた手を切る、そして相手の股ぐらに。
・回転し飛びあがる=その瞬間の立ち方は不動立ち。そのように名前が決まった。

燕飛は、体が小さくてすばしっこい人がやるみたいなイメージがあるが、パワーある人の燕飛は尚迫力に満ちていて見ごたえがありますね。形は体格だけで決めてはいけないようです。
[PR]
by kancho39 | 2005-12-04 22:22 | ◆極めの空手

●極めの● 私たちの空手は

■あごひげ

 まず私は寸止めという言葉はいかがなものかと思いますね。この寸止めという言葉は伝統流派から出た言葉ではなくフルコンのほうから出た言葉だと記憶しています。つまり、世間では当てる空手、当てない空手に区別されてますよね。これもフルコン主導で世間に広まった話です・・。でもね、当てる空手?と言っても、人体最大の急所である顔面への突きはないです。一方、私たちは主に顔面を狙い、顔面への極めを研究しています。が、しかし、このような中で、全空連ルールでは『寸止めルール』として固定化され、多くの空手マンたちが自ら、空手は寸止め、空手はスポーツ・・と言ってること自体に私は疑問を感じます。
 空手ってまず本来は武術、格闘技だろうって。そしてその武術(唐手)に松涛先生は道を加えて空手道・・空手を通した人格完成への道に変化させて私たちが空手を修める道しるべにしてくれました。最初から当てないで止めるとする『早い者勝ち空手?』と、寸前に目標を置いてそこに最大限の爆発、氣の集中をはかろうとする空手、ではまずその取り組む意識の面から根本的に違うのす。
 『極めも寸前に止めるということでは同じではないか』と?。。それは違います。寸前に届けばいいのでしたらそれはたしかに寸止めでしょう。でも、そこに最大の力を集中する、つまり、『巻き藁鍛錬、試し割りなどで鍛えた極めのある拳が届いているかどうかを審判員の眼力で見極める』ということです。いくら早くてもメンホー組手の場合は特に、拳の握りが甘いのを見ることが多いですね。メンホーに当たったときに手首がぐにゃりと曲がっているのを何度も見ています。こういうのは空手マンとしての恥!ですよ。
 a0068770_113029.gif『寸止めと言っても極めている』、たしかにそうだと思います。そういう意識で稽古すること、試合することは最も大事なことだと思います。でも、現実はどうでしょうか。突きは有効1ポイント、中段蹴りは技あり2ポイント、上段蹴りは一本3ポイントですね。極めというよりもポイントの取れる場所を狙っている、そこに届かせる、そういうことに主眼を置いているではありませんか。。昔の柔道は(私も柔道弐段)、技ありか一本しかありませんでした。しかしそこに有効が入りポイントが細分化されて現在のオリンピックスポーツ柔道にあります。空手もオリンピックを意識しスポーツ空手としてポイントが細分化されていっていますね。よって寸止めも極めも同じということではありません。同じだったら両方の審判をして(私はJKFとJKAの審判資格最高位取得)、その見るレベルを変えずともいいではありませんか。松涛館の極め、素手素面一本勝負の世界では、全空連ルールで『有効』とされる半分の技は絶対に技ありにはなりません。前蹴りや中段回しも弱ければ取りません。上段蹴りが届いても少し弱い場合は技ありになり、上段蹴りであっても届いているだけのような技をポイントにすることは絶対にありません。
 極めとは意識の集中だと思います。いかにしたら早く、かつ強く目標に極めを打てるか、極めには氣合い、残心も必要ですね。(※極めを重ねることで人生の極めを学んでいると私は思います)。そしてその極めの拳は石のように硬く破壊力がなければならないのです。極めの研究に巻き藁、試し割りは不可欠です。そういう鍛錬はしない、つまり、自分でも本当に威力があるかどうか分からないのに極めだと言うのはどんなもんでしょうか。。。
 巻き藁は不可欠、、、瓦、ブロック、レンガなど、それぞれに、当てるポイント、コツもありますね。破壊力を試すことは自分を知ることであり楽しいことでもありますよ。
[PR]
by kancho39 | 2005-12-04 22:18 | ◆極めの空手

●武道と● 武道は活殺自在

■あごひげ

 空手は武道、武術、格闘技、いづれの性格も合わせ持っています。ルールの上に成り立って居るわけでもあり、活殺自在であるはずの空手道を、『医』の分野からも技術・心術と合わせて追求することはとても重要なことだと思います。
a0068770_107518.gif  頭部への打撃目的の稽古をしつつも、一方、その危険性についての勉強も絶対に必要です。よく、『空手を習うと当てられた痛みが分かるから他人にしないようになる・・』と、親たちもそのように理解してくれている部分はありますよね。私たち指導者はさらに、その痛み以上に危険性をも知っておくべきです。よく一般の人には『当てる空手ですか?』と単純に聞かれます。私はハイ、と返答します。中段よりも上段を狙うことが特に多いですからね。。一方、子供を連れて見学に来る親御さんには『寸前に目標をおいて稽古しますから安全です』と答えますが。。
 JKA全国合宿のときに大坂先生が、『人体への影響を忘れてはならない・・。一生涯に影響を及ぼすようなことがあったときにそのご家族に対して謝りようがない・・』と、稽古の合間におっしゃっていたのを思い出します。強い空手、極めの空手を進めている空手であるならばこそ、危険性については特に過敏に受け取って行かなければならないのは当然のことです。すると、私が書いてきた、頭蓋骨への影響、人体への影響については、武術性、格闘技性の追求をする一方で指導者みんなが本来責任を持って取り組まなければならないことではあるまいかと考えます。
[PR]
by kancho39 | 2005-12-04 10:07 | ◆極めの空手

●極めの1● 極めの空手を追求

■あごひげ
※掲示板での意見交換から
a0068770_740637.jpg
 巻き藁を突いたこともない、試し割りもしたことのない人との議論は噛み合わないのは当然でしょう。私は極めの中で、人体への一点集中の深部への破壊力と、拳を鍛えることについて書いてきました。現在の空手がスピードを競う競技に変わってきていることはルールの設定上においても仕方のないことではあります。が、『早い者勝ち・・』先行のルールではもう、こういう鍛えるとか護身とかというレベルではなくなっているということですごく残念なことです。突く、蹴る・・、イコール本来は『極め』のはずです。何度でも言いますが、極めるということは、『届く』ということではなく、『破壊する』ということです。届かせる目的で突くのと、破壊(相手を倒す)を目的にする突きとではまったく意味が異なります。破壊するということは拳を鍛えて自分に自信が持てなければ絶対に出来ないことです。 ゲーム性の追及もけして悪いことではありませんが、空手道の根本は何か、それは闘いの技であり、護身であり、また、徹底した基本技、厳しい鍛錬を通した人間としての基本、人格完成の確立に目的があるということです。よって空手本来の極めの空手の追求は最低限怠ってはならないと思います。
[PR]
by kancho39 | 2005-12-04 09:46 | ◆極めの空手

●極めの2● 巻き藁鍛錬の必要性

■あごひげ

a0068770_10164690.jpg 巻き藁と基本の突きは対象物が違うということです。基本の突きの場合は、表面を一点集中することで深部を破壊します。突いたときは目標物がこちらに跳ね返ってくるというようなことはないので瞬間に拳の握りをゼロにしますね。対して、巻き藁の場合は、突いたあとに力を抜けば手首が押し戻されてグニャリです。よって捻り込んでなお、押し込むように突かないと巻き藁には対抗できないということです。巻き藁を突くことで、拳と手首を鍛えるのと同時に正しいフォームの追求、そして筋肉の使い方と体の締めを学ぶということです。また、極めの破壊力の確認にもなります。そのためには突いた瞬間に引いてはいけないと思います。巻き藁本来の目的・・、拳を単に鍛えるということではなく、そのエネルギー放出のためのフォーム・・姿勢、立ち足、エネルギーの通り・・などの点検のためです。よって、巻き藁突きの鍛錬にはいろんな方法はあっても、一番基本となるのは前屈からの逆突きでしょう。
[PR]
by kancho39 | 2005-12-04 09:35 | ◆極めの空手

●極めの3● ミット打ちは・・。

■あごひげ

ミットは私もやっていますし子供達にもさせます。ミットは柔らかいですね。ゴツゴツ感はないです。手にも足にもやさしいです。ですが、ミット打ちだけをしていたら素手素面の一本勝負やメンホー組手でも怪我をしてしまいますよ。試合では、握りが甘くて突いた瞬間に手首がグニャリ、という選手をよく見かけます。。ミットよりも人体は固いのです。人体は固くて丈夫なところがいっぱいありますから拳先、手首を鍛えて置くことは重要です。ミットでも手首は鍛えられますが拳先は鍛えられません。柔らかい対象物では拳先は鍛えられません。よって巻き藁とミットは同じではありませんから、別々に鍛錬しておくことは必要なことだと思います。極めの空手ならなおさらのことです。
[PR]
by kancho39 | 2005-12-04 09:29 | ◆極めの空手

●極めの● G島先輩とH嶋先輩。

■あごひげ

▲G先輩
当たる部分が破けて血が出てもなお根性で突いたものですね。拳がマヒしてむしろ氣持ちよくなってきたことを覚えています。私らの時代はみんなで拳ダコを作り、いかにも空手をやっているぞーみたいな誇りをぶら下げながら歩いていたと思います。私の道場は、昔は35坪くらいの道場でした。端っこに巻き藁を立てていたのですが、あるときに仙台のG先輩が来て・・・、見てる前で巻き藁は一発で破壊されてしまいました。先輩は、あっごめんごめん・・と謝っていたけれど、G先輩の突きの強さに唖然としていたのを今でも覚えています。G先輩は『突きのG島』と言われていました。今でも一番好きな先輩です。先輩の突きが目標です。

▲H先輩
あともう一人。H先輩という人がいました。この先輩は酒好きでした。H先輩はイジメ?もひどかったです・・。あるとき、卓球台を縦にして、さあこれを突け!と言われ、突き始めましたが痛くて力いっぱい突けない、するとH先輩の竹刀がうしろから飛んでくるので、仕方なく思いっきり固いのを突いたのを覚えています。みんな悲鳴をあげるようにして突いていましたっけ。。でもそのお陰かどうか、固いものを突いても大丈夫なんだという変な自信がついたことも確かでした。このときのイジメ?のお陰で拳立てのまま床を(拳で)走ることもできるし固いもの突いてもなんということはない、という自信はまだありますね。そのH先輩は今は酒も弱くなり、時々懐かしがって電話をくれます。いいなあ、先輩って。。
[PR]
by kancho39 | 2005-12-01 23:23 | ◆極めの空手

●極めの● 捻りと受ける感覚

■あごひげ
a0068770_13384798.gif捻りがあって拳頭の位置がズレるからこそ、頭骸内部への衝撃、波動が大きい。初めに言っておきますが私は摩擦とは言ってないです。捻りながら当てるです。摩擦と言ってしまえば、それは表面をこする!ということになってしまいます。。。 頭蓋骨は縫合部分があるけれど一枚のボールです。ボールの内側はすぐに脳ではなく膜が何十にもありさらに膜と膜の間に脳脊髄液があり、外部からの衝撃を和らげる仕組みになっています。各種の病気や障害の場合、この膜に捻じれ(シワシワ)が起きている・・と、これは長年の治療業界の通説です。私はクラ二アル(頭蓋骨)オステオパシーテクニックで毎日患者さんを治療しています。参考までに、交通事故むち打ちの場合は、頭蓋内部への衝撃以上に、頚椎、さらにそれ以上に上部胸椎の治療が大きなポイントになりますね。つまりまっすぐ当たった場合は頭蓋内部よりもそれを支える場所に大きく衝撃が伝わるものとおもいます。対して捻りが加わりながら当たった場合は直接的に頭蓋内部の硬膜などのシワシワを作り頭蓋そのものの障害を作っていきます。ですから、せめて、自分の拳でまっすぐ当てる、捻りながら当てる、これを同じ強さでやってみて徐々に我慢できる程度にその力を上げていく。当たったときの感覚が同じですか?と問うているのです。人間の持つ感性や感覚を無視するのはやめましょう。
突く対象が違えば捻りを入れた方がいい場合と捻りを入れない方がいい場合がある、と解釈すべきです。突く対象が人間の頭部の場合はその中に影響(障害)をもたらすには捻りが有効。突く対象が瓦の場合は、20枚の場合は20枚の先を意識しなければならず押し突きとなる。仮に!瓦の強度が20枚分の瓦が一枚あるとして、その場合は、瞬間的な突き方が必要であって捻りよりもスピード重視する。頭部の中に衝撃を与えようとする場合と、一枚の瓦を割る場合では、突き方が異なっても別に変ではない。機械で測ろうとしてやる場合には捻りよりも押し突きが有効となる。人間が受ける衝撃はまた別の問題であり、機械で測定するのが正しいとはいえません。
[PR]
by kancho39 | 2005-12-01 23:19 | ◆極めの空手

●極めの● 突きを捻る意味

■あごひげ

a0068770_1323156.jpg当たる瞬間の衝撃は、接点に対する圧力の問題ではなく瞬間的な爆発力の問題です。圧力の例を瓦で説明しておられるけど、瓦を割るのは金づちで割るのと同じ、捻りは必要ないし枚数があれば下まで意識して押し込むように突き抜かなければならないと考えるのは当然。瓦がもし20枚分の強度だとしてたったの1枚の瓦だとしたら考えは違ってくるでしょう。瓦に当てる場所は中央ではない、角度は?捻りは?と考えを根底から見直しです。物ではなく、実際に顔面に突いて見ればいいことです。私たち松涛館は素手の勝負な訳ですからね。。
実際にお互いに(もちろん少々手加減して)、①押し込み突き、②捻り突き、と分けてお互いにやってみればいいとおもいます。腹だったら空手衣をはずしてやって見てください。①の衝撃と②の衝撃を比べて見てください。私はやって見ました。やって見ないで机上の理論だけでは納得はいきません。腹の場合、②の方が内臓にかかる衝撃は大きいです。顔面の場合、脳天に響く度合いがまるで違います。こちらも②です。顔面は、サッカーボールのような一つの骨ではないのです。一枚一枚が縫合されて、縫合部分に衝撃が行けば中にある脳に影響を及ぼします。とりわけ、顔面には、頭骸骨の中央に位置する蝶形骨という骨があり、この蝶形骨に強い衝撃を瞬間的に表面的に加えた場合の脳と脳を包む硬膜、クモ膜、軟膜に対する影響は計り知れない大きさです。突き抜く突きではなく捻りを加えた瞬間的な突きの方が影響力は大きいと考えます。
普段の稽古通りに突きを出せば、基本では当たる瞬間に捻りが加えられている。故意の捻りではありません。自然の捻りでしかありません。そのための基本稽古です。しかし、自由組手では相手に動きがあり、遠近の距離もこちらで当てようとする瞬間に近くなったり遠くなったりの状態においては、捻りの途中であったり、捻りが終えていて押し込み氣味に突く段階に入っていたりといろいろとあるということです。
[PR]
by kancho39 | 2005-12-01 23:09 | ◆極めの空手