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あごひげ館長の飛び蹴り!       コメント自由に書き込めますよ!     右下 Commentsから どうぞ!
by kancho39
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●JEK&● 桃生の歴史風土が人を育てる

■小野寺峻  桃生町誌編纂委員、郷土史家
                      
 a0068770_1333927.jpg北上川に囲まれた、この桃生地方は、今、わかっているだけで、四~五千年前から人が住み、約1300年前頃になると、沢山の人達が、西の方から移ってきて、開拓を進めたり、時には悪者たちと戦ったりして、国造りに力を注いできた所です。
 800年前の源平合戦では、義経を総大将とする北国の勇者たちが、遠く四国、九州あたりまで平家を追って滅亡させ、或いは、南北朝の内乱にあたっては、多賀城の鎮守府将軍を助け、葛西公に従って上洛して、各地に転戦するなど、日本歴史の上で、何等かの役割を果たして来たに違いありません。
 都市の人の目には、山深い不便な田舎に見えるかも知れませんが、この大自然の中から身も心も強い、世の中の役に立つ人間が育つところでもあります。
 江戸時代にも、この永井からは、剣豪、相沢永長斎が出て、北は津軽から四国、九州まで行脚して、試合を挑み、一度も負けたことがなく、永井に帰ってからも、小山一刀流の開祖として、あるいは、浅山一伝流の柔術を広めたりしながら五千人余りの門弟を育てたといいます。
 高須賀の竹永直人は、柳生新陰流から、柳生心眼流(注)を編み出してその開祖となるなど、この地方こそ武道の発信地でもあるように感じられます。
 二十年の間に、この地方から、全国に、輝かしい実績を示した多くの先輩達に続いて、若い男女諸君が、「天地正大の氣」と、「不動の心」で、未来に向かって、一層の奮起を期待して居ります。

※注  剣術、柔術、棒術などのこの流儀は現在、迫町の星氏に伝承され、組型は宮城県指定無形文化財になっている。
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by kancho39 | 2005-12-27 23:09 | ◆JEK&総本部
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