excitemusic

あごひげ館長の飛び蹴り!       コメント自由に書き込めますよ!     右下 Commentsから どうぞ!
by kancho39
ICELANDia
カテゴリ
全体
◆JEK&総本部
◆子育てしよう!
◆武道と空手
◆氣と空手
◆極めの空手
◆あごひげ吼える!
◆元氣が出る言葉!
◆日程&報告
JEK&
みんなの笑劇場(日記)
極めの
武道と
子育て
氣と
OB・母・ママ空
寺子屋・護身術
みんなの笑劇場(日記)
審査・審判・大会
武道と
総本部修空館道場
氣と
掲示板書き込み
各種大会の報告
今後の日程
未分類
以前の記事
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


●極めの● 私たちの空手は

■あごひげ

 まず私は寸止めという言葉はいかがなものかと思いますね。この寸止めという言葉は伝統流派から出た言葉ではなくフルコンのほうから出た言葉だと記憶しています。つまり、世間では当てる空手、当てない空手に区別されてますよね。これもフルコン主導で世間に広まった話です・・。でもね、当てる空手?と言っても、人体最大の急所である顔面への突きはないです。一方、私たちは主に顔面を狙い、顔面への極めを研究しています。が、しかし、このような中で、全空連ルールでは『寸止めルール』として固定化され、多くの空手マンたちが自ら、空手は寸止め、空手はスポーツ・・と言ってること自体に私は疑問を感じます。
 空手ってまず本来は武術、格闘技だろうって。そしてその武術(唐手)に松涛先生は道を加えて空手道・・空手を通した人格完成への道に変化させて私たちが空手を修める道しるべにしてくれました。最初から当てないで止めるとする『早い者勝ち空手?』と、寸前に目標を置いてそこに最大限の爆発、氣の集中をはかろうとする空手、ではまずその取り組む意識の面から根本的に違うのす。
 『極めも寸前に止めるということでは同じではないか』と?。。それは違います。寸前に届けばいいのでしたらそれはたしかに寸止めでしょう。でも、そこに最大の力を集中する、つまり、『巻き藁鍛錬、試し割りなどで鍛えた極めのある拳が届いているかどうかを審判員の眼力で見極める』ということです。いくら早くてもメンホー組手の場合は特に、拳の握りが甘いのを見ることが多いですね。メンホーに当たったときに手首がぐにゃりと曲がっているのを何度も見ています。こういうのは空手マンとしての恥!ですよ。
 a0068770_113029.gif『寸止めと言っても極めている』、たしかにそうだと思います。そういう意識で稽古すること、試合することは最も大事なことだと思います。でも、現実はどうでしょうか。突きは有効1ポイント、中段蹴りは技あり2ポイント、上段蹴りは一本3ポイントですね。極めというよりもポイントの取れる場所を狙っている、そこに届かせる、そういうことに主眼を置いているではありませんか。。昔の柔道は(私も柔道弐段)、技ありか一本しかありませんでした。しかしそこに有効が入りポイントが細分化されて現在のオリンピックスポーツ柔道にあります。空手もオリンピックを意識しスポーツ空手としてポイントが細分化されていっていますね。よって寸止めも極めも同じということではありません。同じだったら両方の審判をして(私はJKFとJKAの審判資格最高位取得)、その見るレベルを変えずともいいではありませんか。松涛館の極め、素手素面一本勝負の世界では、全空連ルールで『有効』とされる半分の技は絶対に技ありにはなりません。前蹴りや中段回しも弱ければ取りません。上段蹴りが届いても少し弱い場合は技ありになり、上段蹴りであっても届いているだけのような技をポイントにすることは絶対にありません。
 極めとは意識の集中だと思います。いかにしたら早く、かつ強く目標に極めを打てるか、極めには氣合い、残心も必要ですね。(※極めを重ねることで人生の極めを学んでいると私は思います)。そしてその極めの拳は石のように硬く破壊力がなければならないのです。極めの研究に巻き藁、試し割りは不可欠です。そういう鍛錬はしない、つまり、自分でも本当に威力があるかどうか分からないのに極めだと言うのはどんなもんでしょうか。。。
 巻き藁は不可欠、、、瓦、ブロック、レンガなど、それぞれに、当てるポイント、コツもありますね。破壊力を試すことは自分を知ることであり楽しいことでもありますよ。
[PR]
by kancho39 | 2005-12-04 22:18 | ◆極めの空手
<< ●極めの● 燕飛のポイントは? ●武道と● 山岡鉄舟、西郷隆盛... >>