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あごひげ館長の飛び蹴り!       コメント自由に書き込めますよ!     右下 Commentsから どうぞ!
by kancho39
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いいですね、雨ニモマケズ・・・

■あごひげ  06/01/31
明日からもう2月です。宮沢賢治のようには生きられないけど、、、1月も終わりもう正月氣分を一新して進まなければなりません。あるホームページから面白い記事を見つけました。


賢治七不思議(その7) (雨ニモマケズ)
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花巻の賢治記念館に、この草稿の写真があります。それを見たときから、いまだに不思議に思っていることがあります。

 それは、写真を見る限り、「ヒデリノトキハ」は、「ヒドリノトキハ」と読めるのです。つまり、「ひとりの時は」ということでしょう。これを、従来のように、「日照り」と読む理由は、次行の「寒さの夏」と対照させてよんでいるからではないでしょうか。(学校でもそいう風に教わったような記憶があります。)私も、写真を見るまでは思ってももみないことでしたが、いっぽう、「ひとりの時は」と読んだ時の賢治の寂しさのほうが、気候による寂しさよりも数段増すと思えるのです。あえて、「日照り」と読む理由はありませんので、そのまま、「ひとりの時」と読みたい、そう思います。

 そして、最近、発行された、「新校本」全集ではどうなっているか確認してみようと思ったら、どうでしょう。写真入りで、「ヒドリノトキハ」とされているではありませんか。しかもなんの説明もなく。

 私たちはたいていの人がいまだに、ヒデリノトキと思っているはずです。誰がどうやって、いや実は、と説明してくれるのでしょう。誰がいったい読み換えをしたのでしょう。

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Seiichi Nakahashi さんからのメール

「雨にもまけず・・・」の「ヒドリ」は、やっぱり「ヒドリ」で、日雇い労働者の意味だそうです。

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Takeuchi Yasuhiroさんからのメール

「ヒドリ」は日照りと日取りの二説があるようですが、前者が有力です。

あそこを「ひとり」と読むと、東や西や云々という文脈の中で不自然な気がします。自分とその外の世界(人を含めて)との関係の上での「詩」(ほんとうは詩ではないかもしれない)なわけですから。

 いきなり自分だけのことを一行だけ言い出したら変ではありませんか? 雨や風、寒さ、他人など、ぜんぶ自分を取り囲む「世界」です。そして日照り、なわけです。では。

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Ayako Motoishi さんからのメール(12/3)

私は賢治が大好きですが研究者でも、研究好きでもありません。 「ヒドリ」のことは聞いたことをそのまま憶えているなりにお知らせします。

10年位前の賢治祭で、賢治の農学校の教え子でいらして、賢治の脚本を演じる子供の演劇 活動をしておられた照井謹二郎さん(記憶だけで書いているので名前の字が間違ったら すみません。もう90何歳かになられます。賢治学会賞かイーハトーウ゛賞をもらわれた 方です。)が「日照り=日どり(日雇い)」説を言われたのが最初です。冷夏は農業にとって打撃ですが、 日照りは、あまり心配ないのだそうです。

山形県のある地方では「日照りに不作無し」 と言うことを昔からいうということを知っていた私は、なるほどなあ、と共感する思い がありました。照井さんのお話では、あの時代農業だけで食べられない貧しい農民がたくさんあり、農業以外に 日雇いで収入を得なければならない過酷な状態だったそうです。その日雇いのことか、日雇いで得る 現金のことかを「日取り」と花巻のあの辺りでは言ったとのことです。その説はその後岩手の地方紙などで 少々論争になりましたが、権威のある研究者の方たちの一致した意見として、「日照り」に落ち着いた経緯を覚えています。もっと論じられてもいいように思いましたが。その後さらにどうなったかは知りません。

「一人」という発想も面白いですね。

「日雇い」説に興味がおありだったら、花巻の照井さんはまだお元気だと思いますので、訊ねてみられたらいかがでしょう。賢治記念館でも分かると思います。

おせっかいまで。

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たんぱく質さんからのメール(2001.5)

私は賢治の教え子の孫(28歳)です。 花巻生まれの私としましては「ヒドリ」説の方に一票です。

夏の晴天は、今でも喜ばれるものです。 作物が大不作で涙を流すほどの日照りは、まだ経験したことがありません。 (多少困るようになったのは、温暖化が進んだ近年だけだと思います。)

祖父の影響もないとは言い切れませんが・・・。 因みに、祖父は、その詩をあれこれ綿密に推敲したとは思わない、とも言います。 生きていた宮澤賢治を知っていたからこそ言える言葉だと思います。 対句法だとかいう技法の類は、あまり考えていなかったのではないでしょうか。 あまり深く考えずに、人間としての宮澤賢治と見ても悪くは無いと思います。 (学会の先生方や研究なさっている方には申し訳ありませんが。)

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Tatsuo Sasayamaさんからのメール(2001.5)

諸説紛々、ますます興味深くなっているのですが、私も次のホームページに私のヒドリ説を載せておきましたので、ご連絡もうしあげます。でも、やっぱりヒデリでは無く、ヒドリであることは、間違いないとおもうのですが。


・・・・・・・・・・・

雨ニモマケズ
 
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシズカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松の林ノ陰ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ

西ニ疲レタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイイトイヒ

北ニケンカヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサニナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ

ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

賢治七不思議http://www.geocities.co.jp/SweetHome/4066/kenji/kenji0.htmlヒドリノトキ

■「雨ニモマケズ」とは
宮澤賢治(宮沢賢治)の詩。賢治の没後に弟の清六氏によって大トランクのポケットから発見された黒い表紙の手帳に書き付けられていた。1931年(昭和6年)11月3日の日付があり、これは東北砕石工場に技師として勤務し東京出張中に死病となる結核に倒れて帰郷後病床に伏していた時期にあたる。賢治作品で最も膾炙されているものの一つ。
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by kancho39 | 2006-01-31 14:53 | ◆あごひげ吼える!
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